AI 絵の隆盛を見て、逆に絵の練習を始める人間

2022-11-20

画像生成 AI の隆盛

2022 年 11 月現在、 画像生成 AI は急速な発展を見せている。

キーワードのテキストを入力してボタンを押すだけで、数秒後にそれらしい画像が「生成」される。 ひと昔前の人が聞いたら魔法のような技術だと思うだろう。

僕も Stable Diffusion を少しさわってみたが、なるほどたしかに、 コツや試行回数は必要になるものの、かなり品質の高い絵が生成できることがわかった。 前からこういう AI の活用事例があるのは知っていたが、ここまでの精度になっていたとは。

さらにその後リリースされた NovelAI Diffusion などは、 キャラクターの絵などもかなり精度の高いものが出力できるとのことで、話題になった。 人間の描いた絵が AI の学習に使われることの是非や、絵を描く人間の仕事は奪われてしまうのかといった議論もあるが、 何にせよ、動き始めた技術の発展は止まらない。


僕はエンジニアだし、情報技術やアルゴリズムが進歩すること自体は素晴らしいことだと思う。 (何なら学生時代はニューラルネットの研究室に入って、特徴量をうんぬん… みたいな研究をしていたので、AI 関連の技術には関心があるほうだ)

このままさらに学習モデルやアルゴリズムの精度が上がれば、 「絵を描けない人でも望み通りの絵が生み出せる世界」は遠くない未来に訪れるのだろう。

しかし今日書きたいことはそうした AI の展望とか活用方法といった話ではない。

僕が 「最近の AI 絵はすごい」 と感銘を受けた結果、 逆に自分で描く絵の練習を、にわかに始めた という話だ。

完璧な AI があったとして、僕は自作ゲームの絵を AI に作らせるだろうか

僕は普段、仕事や個人でゲームを作って生きている人間だ。 本業はプログラマで、絵は素人。 現時点の AI が描く絵の時点で、僕の絵よりも上手い。

以下は 2019 年くらいの頃に何かキャラの出るゲームを作りたいと思って、自分で描いてみた絵だ。 (なおそのゲームの開発は頓挫した。) 自己評価として、 「まあ同人ゲームならしょうがないけど、製品レベルとして見たらショボいよね」 というクオリティだと思う:

2019 年頃に描いた顔グラフィック

2019 年頃に描いた顔グラフィック

そんな僕は AI 絵のニュースを見たとき、以下のようなことを考えた。

  • 数年前の画像生成 AI と比較して、急速に精度が上がっているように見える
  • 現時点でも(試行や調整に時間をかければ)ゲームに使えるレベルの絵素材を生成できそうだ
  • さらに時が経てば、ゲームの背景絵やキャラクターの立ち絵ですら AI 絵で遜色ないレベルになるかも

ゲームを作っている、しかし自分で製品レベルの絵が描けない 僕にとっては AI はまさに望んでいた道具だったのではないか。 もう頑張って絵の練習をする必要なんてないんじゃないか…


が、気がつくと僕は逆に絵の練習を始めていた。

何なら普段より高いモチベーションで絵を描いていた。

ゲームのキャラ立ち絵を意識して練習で描いた絵

ゲームのキャラ立ち絵を意識して練習で描いた絵

思考実験をして、僕は気づいたのだ。 完全で完璧な画像生成 AI があったとしても、僕は自分のゲームのキャラ絵を、AI には描かせない。 ゲームを作る人間として、自分の手で生み出さないと、僕自身が満足できない のだ。 たとえ同じ結果を AI によって高速に得られたとしても、手で描くのが非効率だったとしても、生み出す過程が僕には必要なものだった。

エンジニアとしては、合理性に欠ける話かもしれない。 だがこの泥臭い感情こそ、人間である僕を人間たらしめている重要な要素なのではないか。

AI よ、君がどんなに進化しようとも、自分で生み出したいという僕の心を、君は代替できない。

君に到底勝てなくとも、僕は僕で絵の練習をしようじゃないか。 何なら君が人間たちの想像力を食べて学習したように、僕も君の進化の行く末から、学ばせてもらうことにするさ。

ということで、絵の練習をするしかなくなった

前置きが長くなったが、詰まるところ AI 絵を見て色々考えた結果、 「僕は僕が満足のいくゲームを作るには、もう自分で絵の練習をするしかないんだなぁ」 「絵の勉強・修練からは逃げられないんだなぁ」 という気持ちになったので、僕はにわかに絵の練習を始めたということだ。

  • ちなみに、自分で描きたいというのはあくまで個人のゲーム開発の話である。 各分野のプロで集まってチーム開発するのも自分は好きだ。(というか仕事がそれなので)


この気持ちの変化は意外と効用があって、ここ 1 ヶ月くらい余暇に絵を描く習慣が続いたので、 気持ちひとつでこんなに変わるもんなのだな、と自分事ながら面白く思った。

以下に、ここ 1 ヶ月で描いた絵の変遷を見せよう。

キャラの立ち絵を描けるようになりたい

自分の場合は 「とりあえずゲームに使うキャラの立ち絵くらいでいいから描けるようになりたい」 という具体的な目標があったので、それをイメージしてラフを描いてみた:

こういう雰囲気の人たちが出てくるほのぼのしたゲームを作りたい

こういう雰囲気の人たちが出てくるほのぼのしたゲームを作りたい

青年やおじさんをあまり描いたことがないので練習してみる

青年やおじさんをあまり描いたことがないので練習してみる

おじいさんの描き方がわからなかったので練習

おじいさんの描き方がわからなかったので練習

立ち絵と言えどポーズや表情を意識してみる

立ち絵と言えどポーズや表情を意識してみる

基本的には Pinterest や実際のゲームの画像、 画像検索して出てくる写真などを大量に見て、参考にしたり部分的に真似したりしながら描いていった。

このあたりでラフの中のキャラクターを丁寧に清書してみようと思って、女の子を一人清書してみた:

ラフの女の子を清書

ラフの女の子を清書

僕にしては可愛く描けたのでは…??

時間を掛けて描いたので愛着補正が入っているのだが、 しかしそれを加味しても「これくらいなら自作ゲームに使ってもそんなにショボく見えないんじゃないか」 といった手応えを感じられるようになってきた。

あと、Twitter に上げたこの絵を見た先輩エンジニアの人に
「小山くんの最近の絵、また1つ2つ垢抜けた感じあるよね」
と言ってもらえて、 「よっしゃもっと絵の練習しよ!!」 とやる気が出てしまった。 (チョロい!)

ちゃんとした知識を入れて練習する

このあたりから、ちゃんとした理論や手法を学びながら練習しようと思い、本や動画で勉強するようにした。 絵に関する本はすでに何冊か持ってはいたが新たに以下のようなものを読んだりした:

動画は YouTube で、プロのイラストレーターのさいとうなおき氏と、水彩画家のおじいちゃん先生の動画をよく観ている。

どちらもチャンネル登録者 100 万人越えの大御所なので、知っている人も多いだろう。 プロの技や知識をこうやって手軽に見せて・教えてもらえる現代は、何かを学びたい人にとっては本当に良い時代だ…

そうして、引き続き絵を描いていく。 次は「狐の擬人化っぽいやつ」「中性的な見た目のやつ」を描いてみた。 僕は狐フレーバーのキャラが好きなのだ。 (なんか神秘的で魔防高そうなので)

後ろから光が当たってる感じで描いてみる

後ろから光が当たってる感じで描いてみる

色味を試行錯誤してみる

色味を試行錯誤してみる

これも僕にしては良く描けてる。

「僕にしてはやれてる」 は、 創作活動を続ける上でモチベーションを保つための魔法の呪文 なのでおすすめだ。 何かを練習するとき、人は 「今から頑張っても上手い人に追いつけないし…」 と挫折しがちだが、 競争相手はどこかの誰かではなく、過去の自分でよいのだ。

「まだやったことのないこと」を課題にして描く

長年のエンジニア経験から言えることだが、人は 何か「まだやったことないこと」をやった時に、成長実感を得られる ものだ。 成否はともかく、やったことないのをやってみるだけなら、やりさえすればやれるので、やったもん勝ちである。

絵について勉強すると大体 「光と陰を意識すると良い」 とか 「面を意識すると良い」 とか言っているので、 光の当たり方を意識した絵を描こうと思って以下を描いた。 タイトルは 「点光源を持つ少年」

点光源のアイコンは Unity から拝借しました

点光源のアイコンは Unity から拝借しました

次は、これまで正面か側面しか描いたことなかったな… と思ったので「後ろ姿を描く」という課題で描いてみた:

後ろ姿を描いてみたやつ

後ろ姿を描いてみたやつ

個人的にはこれは思ったようにいかなかった。 色味とか、背景との前後関係とかが全くイメージ通りにならず、微妙な仕上がりになってしまった。 脳内のイメージを出力するのに、まだ結構なギャップがある。

上の絵で色味が気に入らなかったので、次はちょっと奇抜目な配色の絵を描いてみようと思って描いたのがこれ:

オシャレ配色、という課題で描いてみたやつ

オシャレ配色、という課題で描いてみたやつ

線画と塗りは iPad + Apple Pencil で描いて、その後 Photoshop で色味の調整などをしているのだが、 これは瞳の色以外はグレー単色で塗って、Photoshop のグラデーションマップで後から色を調整するという手法をとった:

この辺の手法も YouTube でさいとうなおき氏が教えてくれた。 同氏の動画は Photoshop のツールの使い方も教えてくれるので、 僕のようなこれまで雰囲気で Photoshop を使ってきた人間には非常に参考になった。

次は、「背景のある絵」という課題で描いた。 正直、今はまだレベル的に背景まで自分で描こうとは思えないので、Unity で作った 3D の画面を背景として使ってみる:

3D 背景と 2D 立ち絵を組み合わせる試み

3D 背景と 2D 立ち絵を組み合わせる試み

ちょっとまだ背景とキャラが馴染みきってない感じはするが、まあ最初はこんなものだろう。

ちなみにこの立ち絵の人、最初は手も頑張って描いていたのだが 色を塗り終わってから 「親指の位置逆じゃない??」 と気づいたので慌てて見切れでごまかした。

左手なのに右手になっちゃってる人

左手なのに右手になっちゃってる人

手を描くときは親指がどちら側にあるか毎回ちゃんと意識しよう、と思った。

全身や動きのある絵を描く

ここまででも 「おいおい僕にしてはかなり頑張ったじゃないか」 という感じなのだが、 まだ絵の練習をするモチベーションは続いていた。 引き続き、「まだやったことないことを何かやる」のをテーマに絵を描いていく。

ゲームの立ち絵が描ければ御の字なので今まで簡単なバストアップの絵だけ描いてきたが、 そろそろあれをやってみるか… と意気込んだ。足まで含めた 全身絵 だ。

とりあえず何かお手本を見て描こうと思い家の本棚を見ると、なんとなくいつか使うかもしれないと思って買ってあった

という本があったので、そこに載っている写真を参考にしながら 「横になっている全身絵」と「立っている全身絵」を描いてみた。 写真を参考にした全身絵は体のパーツの実際の長さを学ぶのに役立つ。

全身絵の練習

全身絵の練習

上記の絵はふざけて描いたものだが、これを見て 「2 人の人物が絡み合っている絵」 は難しいけど、描けたら楽しいよな… と思った。 ただの 1 人のバストアップより明らかに難しいのはわかっているが、ちょっと挑戦してみるかと思って描いてみた:

「描けた?」と聞いてくる人

「描けた?」と聞いてくる人

タイトルは 「描きかけの絵を覗き込んで「描けた?」と聞いてくる人の絵を描いているところを覗き込んで「描けた?」と聞いてくる人」 だ。

これは結構時間をかけて (7 時間くらい?) 頑張って描いたので、 BYP(僕にしてはやれてるポイント) がかなり高い。 なお制作過程は以下のような感じ:

制作工程

制作工程

が、かなり試行錯誤して調整したものの、出来上がった絵を眺めていると 「手の形や位置はこれでいいのか…?」「もうちょっといい感じの色味や空気感にならんものか…?」 と、疑問に感じる部分が際限なく湧き上がってくる。

あと、どこまで行っても アマチュアが描きました感 が強い。 絵の練習をするようになって Web 上で見かけるプロ級の絵を注意深く観察するようになったのだが、 そのプロっぽい感じを自分はまだ到底表現できない。描き続けていれば、いつか僕にもわかる時が来るのだろうか。


絡みのある絵を描いたので、次は「走ったり跳んだりしているような、動きのある絵」に挑戦してみることにした。

ゲームのことしか頭にないボーイ

ゲームのことしか頭にないボーイ

※ ポーズが重要だったので顔はふざけた。

わかってはいたが、「動きを感じられる絵」を描くのは相当難しい。難しさレベルが跳ね上がる感覚がある。 これを何フレームも描いているアニメーターの人たちは神か?

↑ の自分の絵を見ると、なんとも言えない初心者特有の固さのようなものがある。

あと動きは関係ないけど、ゲーム○ーイの 4 色っぽい配色にしてみたものの、 なんかこれもいまいち自分のイメージ通りにならない。 そういうアートを Pinterest でたくさん探して実際の RGB 値を見てみたりとか、 Photoshop 上で彩度や明度をあれこれ試行錯誤してみたのだがなんかしっくりこない。

もっと… もっとマシな見た目にしたい…!

練習は続く

動きのある絵や色選びってやっぱり難しい (というか無限にスキルツリーがある) よなぁ… と思いながら「動きのあるポーズ」の練習などをした。

この辺は Pinterest にあるようなイラストよりも、漫画やアニメを参考にした方がよさそうだ。 それも、特に動きのあるジャンルの漫画・アニメだったり、そういうスタジオの作品でないと、参考になる絵が少ない。

ちょうど最近 リトルウィッチアカデミア という TRIGGER 制作の めっちゃ動きのあるアニメ を観ていたので、そういうのを参考にする。 (余談だけどリトルウィッチアカデミアとても好き)

アニメは文字通り動いているし、コマ送りにすればフレームの数だけ参考にできる絵があるのだと思うと参考資料としての栄養価が高い。

動きのあるポーズの練習

動きのあるポーズの練習

で、描いてみたのがこれ:

ふわっとジャンプしてる感

ふわっとジャンプしてる感

これは個人的にかなり気に入っている。
ひとつ前のゲーム○ーイマンよりもやわらかさが出てるんじゃなかろうか。

あと、塗りも配色に集中するためにアニメ塗りっぽくして、色も世の中のカラースキーマ集みたいなのを参考にしつつ、 彩度とか明度とか補色のバランスとかを考慮して慎重に選んだ。

この絵で色選びの練習をしようと思っていたので、レイヤーを細かく分けて Photoshop で色を変えやすくしておいた。 そしてテーマを決めて配色パターンを複数作ってみた。これは良い練習になった:

色選びの練習

色選びの練習


最後に、一番最近描いた絵だが、これの課題は、個人的に最も難易度が高いと思って避けてきた 「パースのついた絵を描く」というものにした。 パースのついた、で表現が合っているかわからないが、要は前かがみだったり奥に倒れていたり、 Unity で言うところの z 軸方向に傾きのある構図だ。 どう考えても難しいやつ だが、描けたら大いなる 「やった感」 を得られることうけあいの課題だ。

以下練習風景:

パースのついた構図の練習

パースのついた構図の練習


で、この週末の多くの時間を使って描いてみたのがこれ:

奥行きを感じる構図を描く練習

奥行きを感じる構図を描く練習

…これも描き終わった後にずっと見ていると 「これ、手はおかしくないか…?」「なんかまだ塗りがいまいち美しくならんな…?」 など色々と雑念が浮かび上がってくるが、ここでもう一度魔法の呪文を唱えよう。

「僕にしてはやれてる」…と。

人間は絵を描き続ける

ということで、ここしばらくたくさんの絵を描いていたのだが、 その理由が 「AI が上手な絵を描くのを見て感化されたから」 だったという話。 ともあれ、おかげで絵の練習のモチベーションが高まったのは事実なので、 そういう意味では僕は画像生成 AI に感謝している。

しかし、あれだな。 AI が登場したことによって、AI を使わないことの価値や意味に気がついて、 人間である僕の考えや行動が変わるというのは、まさしく現代の寓話といったところか。