僕たちは今日も、文字をやり取りする
僕は今、この文章を書いている。
そして君は時を越えて、この文章を読んでいる。
文字で溢れた仕事場
社会に出てソフトウェアエンジニアの仕事につき、早いもので 10 年目になる。 エンジニアは文字… とりわけプレーンテキストとは仲良しだ。 色鮮やかなビデオゲームも、それを動かしているのは英数字で記述されたプログラムで、 開発のためのドキュメントや運用のためのインフラ構成なんかも、最近ではもっぱらテキストデータで管理する。 エンジニアは日々、コンピュータと文字をやり取りしている。
でもやり取りの相手はコンピュータだけじゃない。 僕たちはもちろん、人間とも文字をやり取りする。
人類は幸いにも 言葉 という強力なツールを持っていて、 これは情報伝達や論理的思考を行うのにとても役立つ。(詩を編んだり物語を紡いだりすることもできる!)
人が言葉を用いて他の人と意思疎通を行う方法は 2 つあって、 1 つは 音声 に変換して聞かせること、もう 1 つは 文字 に符号化して読ませることだ。 大事な議論や商談は音声による会話で行われることがほとんどだが、 そうでもないことは大抵、文字によるコミュニケーションで済ませられる。 メールだとか、チャットだとか、Web サービス上に残すメッセージだとか。
僕はゲーム開発の仕事で、これまでにいくつかの現場を見てきた。 Slack や Chatwork , Confluence や JIRA , GitHub といったツールは今じゃ職種を問わずみんなが使っていて、 日々たくさんの文字がやり取りされ、蓄積されていた。 音声と比べて文字というのは感情や温度感の情報が抜け落ちやすいのだけど、 その分軽やかで取り回しがしやすい。
仕事に文字は欠かせなくて、仕事場は今日も文字で溢れている。
文字で溢れた Web
文字をやり取りしているのは IT 企業のオフィスだけだろうか? そんなことはない。
ここで一度 「文字のやり取り」 とは何かを定義しておこう。 要は 文字の読み書き ということだが、もっと言えば次のようになる:
- 文字を読むとは、相手の意図を汲み取ること
- 文字を書くとは、伝えたいものを表現すること
でもこんなのは日常茶飯事だ。僕らには Web がある。 思い立ったことを Facebook や Twitter で呟いたり、 ぼーっと眺めたネットのまとめに共感したり、誰かのブログに反発したり。 Web とともに生きている僕らにとって、読んだり書いたりなんてことは、すでに慣れっこになっている。
Web は何より文字で溢れているし、誰しもが文字を読み書きする。
それは職種も年齢も関係なくて、ありふれたことだ。
文字で溢れた時代
プログラムを書いたり、仕事仲間とチャットしたり、 Web で調べごとをしたり、設計をドキュメントにまとめたり、 息抜きに本を読んだり、 SNS を眺めたり。そんなことをしていると、 本当に僕は文字の読み書きばかりしているな、と可笑しく思うことがある。
人々の思考や感情が、こんなにも文字となって可視化されているのは、有史以来でも現代が初めてのことだろう。
書いた文字が空間や時間を越えて誰かに届くためには、昔は本を出版したり手紙を書くしかなかったのだろうけど、 インターネットという発明が、コンピュータの普及が、そうした概念を塗り替えてしまった。 僕の書いたこの文章はネットの海を漂い、いつか僕の預かり知らないところで、どこか誰かの目に触れる。 それでまあ、どうということはないのだけれど、「へえ」と思わせるくらいのことや、 ちょっとした暇つぶしには使ってもらえるかもしれない。
当たり前のものになりすぎて忘れていたけど、これは結構素敵なことだったのではないか。
僕は今、この文章を書いている。
そして君は時を越えて、この文章を読んでいる。
僕たちは今日も、文字をやり取りする。